山形県 尾花沢市 銀山温泉 郷愁を感じるノスタルジックな町並み
銀山温泉
銀山温泉の歴史
銀山温泉は、かつて江戸時代初期の大銀山として栄えた「延沢銀山」の名称に由来しています。
大正末期から昭和初期に建てられた洋風木造多層の旅館が銀山川の両岸に沿って軒を並べ、昔ながらの独特な景観を味わうことができます。
康正2年(1456) 金沢の人儀賀市郎左衛門銀山を発見
寛永8・9年(1631) 銀山の最盛期
寛永11年(1634) 幕府直営の御公儀山となる
寛永19年(1642) 銀山に代官所置かる
元禄2年(1689) 全山廃山となる
寛保年間(1741) 温泉地として盛んになる
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◆期諸国温泉効能鏡
江戸時代後期につくられた温泉番付。
4段目の右から8番目が銀山温泉です。
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◆絵葉書 (大正〜昭和初期)
絵葉書(大正〜昭和初期)
Meiji
銀山温泉は奥州街道より約12km入った山間部にあり、当時は幅狭い悪路で、尾花沢からは難路1日もかかっていました。延沢銀山の衰退後、人口は激減しましたが、世間とは遮断された仙境で、人々は湯治客相手の湯端宿屋や小商いを行って生活していました。
Taisho
かやぶき屋根の木造平屋や、二階建ての旅館が並ぶ湯治場がありましたが、大正2年銀山川の大洪水でほとんどの温泉宿が流されてしまいました。その後は温泉の湧出量が少なく、川水が進入し温度も低かったので温泉の利用は伸びませんでした。大正10年に銀山川の水を利用した発電所が作られ、その後の復興の足掛かりとなっていきました。

Showa
昭和元年に源泉のボーリングで高温多量の湯が湧出し、各旅館は一斉に洋風の3〜4層木造構造に建て替えを行いました。橋や沿道の整備も行い、ついに尾花沢より自動車で30分で到着できるようになりました。延沢銀山遺跡は昭和60年に国の史跡に指定されました。戦後は温泉街の洋風化も落ち着き、外観は和風に近づいてきました。昭和61年に「銀山温泉家並保存条例」を制定し、風情ある旅館を保存し観光復興に生かすことにしました。平成11年には新幹線の延伸により観光客の数が増え、今も伝統を生かした温泉街にしていくための努力を、街をあげて行っています。

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